top of page

​他のアーカイブ記事は下のカテゴリーメニューを選択し、一覧表示の中からお選び下さい。

​他の記事は下のVマークをタップし、カテゴリーを選択し完了をタップ。記事一覧が表示されます。

アメリカにおける伝統的価値「信教の自由」 古代教父の弁証家「テルトゥリアヌス」の宗教の自由

◯徒然日誌(令和7年2月19日)  アメリカにおける伝統的価値「信教の自由」-古代教父の弁証家「テルトゥリアヌス」の宗教の自由 

 

そこで、市全体が騒ぎ出し、民衆が駆け集まってきて、パウロを捕え、宮の外に引きずり出した。そして、すぐそのあとに宮の門が閉ざされた。 彼らがパウロを殺そうとしていた時に、エルサレム全体が混乱状態に陥っているとの情報が、守備隊の千卒長にとどいた。(使徒行伝21.30~31)

 

プロローグ

 

アメリカはいうまでもなく世界一の軍事大国であり、また経済大国である。しかし、アメリカは宗教大国、宗教の自由大国でもあったのである。 

 

トランプ米大統領は2月6日、ワシントン市内で開かれた全米祈祷朝食会で演説し、「神はアメリカに特別な計画を持たれており、国家に宗教を取り戻す」と述べ、米国は「神の下の一つの国」であり、反宗教的(キリスト教的)な偏見を根絶するため、司法長官をトップとする「タスクフォース」を新設し、また、ホワイトハウスに「信仰オフィス」(信仰局)を設立し、その責任者に自身の宗教顧問であるポーラ・ホワイト牧師を充てると発表した。 

  

また前日の5日には、バンス米副大統領が「国際宗教自由(IRF)サミット」で講演し、「宗教の自由擁護はトランプ政権の重要課題だ」と表明し、「宗教の自由を尊重する政権とそうでない政権の違いを区別しなければならない」と宗教の自由を守る決意を示した。

 

もともとアメリカは、イギリスで宗教迫害されて追われたピューリタンが、信仰の自由を求めて移住して建国された国であり、信仰の自由、宗教の自由は建国の根本精神だったのである。そして1970年代から約40年間に渡って、失われかけたアメリカの建国精神の復興とキリスト教のリバイバルのために、文字通り心血を注いで、精神的、人的、経済的投入をしたのが、他ならぬ日本UCとその信徒であった。 

 

その日本UCが、今や未曾有の試練に遭遇している。世論に忖度した日本政府による「解散請求命令申立」という名の宗教弾圧である。そこで今回、IRFサミットでバンス氏が語った「宗教の自由の歴史性」について考察し、日本政府が今までUCにしてきた宗教弾圧が、いかに時代錯誤の宗教音痴からくる卑劣な反宗教的行為なのかを論じることにする。 

 

【宗教の自由の歴史的意義】 

 

バンス氏は、IRFサミットのスピーチの中で、カルタゴで生まれた護教家で知られる古代教父「テルトゥリアヌス」(約160年~220年)を引き合いに出し、「宗教の自由というフレーズを最初に作ったのはテルトゥリアヌスだった」と述べた。このテルトゥリアヌスの考え方は、初期の教父たちから現代まで続いているとし、宗教の自由は歴史的に普遍的な伝統であることを強調した。

 

<宗教の自由に関するバンスのスピーチ>

 

即ち、バンス氏は5日のIRFサミットで教父テルトゥリアヌスに触れて、次の通り語った。 

 

バンス氏は、「私が今朝ここにいるのは、建国の父たちの言葉だけでなく、彼ら自身の知的先祖、つまり宗教の自由という概念そのものを私たちに与えてくれた『古代キリスト教の教父たちの言葉』について考えるためでもある」と切り出し、「宗教の自由は特にキリスト教信仰の中心となる概念から生まれたものである」とした。それは人間の自由意思とすべての人々の本質的な尊厳であり、マタイ書22章21節「カイザルのものはカイザルに、神のものは神に」を引用し、その基本的教義は「キリストの福音書そのものの中に見出すことができる」とした。 

 

初期のキリスト教徒は、しばしば国家によって迫害され大きな苦しみを味わったが(今日でも抑圧的な国家権力の手によって苦しんでいる)、これは教会の最初の神学者や弁護者たちにとって大きな重荷だった。3世紀にキリスト教徒が迫害されたことに直面した神学者や護教家たちにとって、これを弁償し擁護することは大きな課題であり、教父テルトゥリアヌスは、「ローマの執政官に宛てた公開書簡」を発表したという。 

 

その中でテルトゥリアヌスは、良心に従って信仰を実践する自由を主張し、「すべての人が自分の信念に従って礼拝できることは、人間性に固有の正義であり特権である」と主張し、また別のキリスト教護教家もコンスタンティヌス帝に「宗教は力で押し付けることはできない。この問題は殴打ではなく言葉で解決しなければならない」と進言したいう。 

 

そしてこの宗教の自由の考え方は、民主主義や啓蒙主義が標榜された近現代からのものではなく、初期の教父時代から現代まで一貫しており、アメリカの建国の父たちは、自分たちの著作の中で、これらの哲学的先駆者たちと認識を共有していたという。即ち2代大統領のジョン・アダムズは書簡の中でテルトゥリアヌスと他の教父の両方に言及し、また3代大統領で独立宣言を起草したトーマス・ジェファーソンはテルトゥリアヌスの著作集に「注釈」を付けていた。ジェファーソンは、信仰に関するテルトゥリアヌスの引用をバージニアの宗教の自由に関するメモに手書きで書き加えたという。バンス氏は、「建国から今日までアメリカの政治原則を導く遺産であり、すべての人の宗教の自由の権利は保護されるべきだ」と主張した。 

 

こうしてバンス氏はスピーチの中で、「聖書」「古代教父」「テルトゥリアヌス」「建国の父」、そして「宗教の自由」と言った宗教用語をちりばめて語った。これらは日本の政治家の演説からは一切聞かれない言葉であり、ここにアメリカと日本の政治家の違いをくっきりと見ることができる。 

 

<教父時代の護教家たち>

 

さて、キリスト教会は通常ペンテコステ(使徒行伝2.1~4)を創立の日と考えており、キリスト教の迫害は初代教会から始まっていた。初期はユダヤ教徒からの迫害で、ステパノは最初の殉教者であり(使徒行伝7.59~60)、パウロも60年頃エルサレムでユダヤ教徒から迫害を受けている。(使徒行伝21.30~31)

 

そして「教父時代」(100年~451年)もまた国家の迫害と異端的思想との戦いの時代であった。ちなみに教父時代とは、新約聖書文書が閉じられる時代(約100年)からカルケドン会議(451年)までの古代教会時代をいう。また教父とは、古代から中世初期のキリスト教著述家のうち、とくに「正統信仰の著述」を行い、自らも聖なる生涯を送ったと歴史の中で認められてきた人々をいう。また、その思想を教父哲学という。 

 

最初の教父たちは、イエスの弟子である使徒たちから直接教えを受けた1世紀~2世紀の人々であり、彼らを「使徒教父」と呼び、3大使徒教父には、ローマ監督のクレメンス(90年頃)、アンティオキア監督のイグナティオス(110年頃)、スミルナ監督のポリュカルポス(115年頃)がいるが、皆殉教している。 

 

使徒教父の次の世代の教父は、ギリシア哲学の知識を活用してキリスト教批判者と論争し、正統信仰の確立に貢献した人々で、「護教教父」(弁証家)という。なお、弁証家(apologist)とは、2世紀に登場した思想家で、グノーシス主義などの異教の側からの激しい攻撃に対してキリスト教を擁護しようとした人々である。 

 

古代教会におけるキリスト教に対する主な論難は、① 神像・皇帝を礼拝しない無神論、②人肉嗜食(聖餐・聖体拝領)、近親相姦などの不道徳の風聞、③異教徒との交際断絶(孤高の徒)、の3点が挙げられる。これらに対して弁証家達は、中傷・誹謗への論駁を行い、悪法の改正を要求し、キリスト教が真理であることを立証した。 

 

主だった教父は、殉教者で最大の弁証家であるユスティノス(100年頃~165年頃)、異端反駁を書いてグノーシス主義と戦ったリヨンのエイレナイオス(130年頃~200年頃)、3世紀の重要なキリスト教の擁護者であるオリゲネス(160年頃~225年頃)、ラテン神学の父と呼ばれマルキオン主義と戦ったカルダゴのテルトゥリアヌス(160年頃~225年頃)、キリスト論で貢献したアタナシオス(160年頃~225年頃)、そして古代最大の神学者アウグスティヌス(354年~430年)である。(A・E・マクグラス 著『キリスト教神学入門』教文館P32~35)

 

<テルトゥリアヌス>

 

さてバンス氏がスピーチの中で引用したテルトゥリアヌスであるが、前述のようにローマ帝国による迫害に際して皇帝などに弁証書 「ローマの執政官に宛てた公開書簡」を書き、またユダヤ人による迫害に際して弁証書を書いたラテン語「護教教父」(弁証家)である。 


テルトゥリアヌスはカルタゴ(現チュニジア)に生まれ、30才代で洗礼を受けた。彼は法学と修辞学を学び、キリスト教信仰を異教徒に対して弁明するための文書、即ち正統主義信仰を異端から擁護するための論駁書を数多く著した(『護教論』『ユダヤ人反駁』『魂の証について』『マルキオン反駁』など)。特にマルキオンに対して、旧約聖書と新約聖書の統一性を強調し、三位一体論の基礎を作った。テルトゥリアヌスはキリスト論、三位一体論を系統的に論じた最初の人物である。(Wikipedia)

 

またテルトゥリアヌスは神学や弁証学を聖書以外のものに基礎づけることに激しく反対し、聖書の充分性の原理を唱えた古代の人々の中でも、最も強力にそれをした人物の一人に数えられる。「アテネとエルサレムと何の関係があろうか。アカデメイアと教会と何の関係があろうか」と問い、真の神の知識を得るために世俗の哲学(ギリシャ哲学)を引き合いに出そうとする人々に激しい批判をしている。但し、アウグスティヌスは、ギリシャなどの古典思想や文化を、福音の奉仕のために活用(批判的適用)することを是認し、自らもキリスト教神学のためにプラトンを活用した。 

 

しかし、厳格なキリスト教徒として生きようとしたテルトゥリアヌスは最終的に聖霊と禁欲を強調するモンタノス派に加わっている。なお「殉教者の血は教会の種」という彼のことばは有名である。 

 

以上の通り、上述した教父時代は、キリスト教思想史において最も刺激に富む創造的な時代であり、プロテスタント、カトリック、東方正教会を問わず、皆、教父時代をキリスト教教理の発展の上で決定的な時代であったと考えている(A・E・マクグラス著『キリスト教思想史入門』キリスト新聞社P33)。そう言えば教父時代には使徒信条が告白され、後半は、最も激しい論争を呼んだ「三位一体論」を巡る神学論争がなされた時代であった。 

 

【宗教の守護者アメリカの役割】 

 

前記バンス氏のスピーチに見てきたように、宗教の自由ないしは信教の自由は、古代教父以来の伝統であり、アメリカはそれを最大の政治的価値としてきた。1776年の独立宣言には「万人は平等につくられ、また、生命、自由および幸福追求を含む不可譲の権利を、創造主から与えられている」とされ、「これらの権利を保全するためにこそ政府が設立される」とした。そして人権の中の人権こそ信教の自由である。 

 

そしてアメリカの大統領は国を統治する「王」としてだけでなく、国民を神に執り成す「祭司」であり、国民を奮い立たせる「預言者」であり、国民を励ます「牧師」としての役割を期待されている。 

 

<大統領は国の大祭司・預言者・牧師> 

 

アメリカの大統領も国民も、宗教が政治に深く関わる現実こそアメリカの社会と国家の在り方であり、「アメリカは神の特別の使命のもとにあり、神に源を持つ個人の尊厳・自由・人権といった普遍的価値を世界に拡散していくことがアメリカの使命である」とのアメリカ的選民観は、歴代大統領に共通する信条であり、これが「マニフェスト・ディスティニー」(明白なる使命)と言われているものである。こういったある種の選民観は、明らかに聖書とキリスト教信仰に根差したものであり、歴代大統領の信仰は大別して「市民宗教型信仰」(アメリカ教型)と「ボーン・アゲイン型信仰」(回心型)の2つに分けられる。 

 

ワシントン、アイゼンワー、レーガンはアメリカの普遍的なキリスト教的信条を価値視する「市民宗教型」であり、またカーター、クリントン、ブッシュは信仰深い「ボーンアゲイン型」と言え、リンカーンはその両方であると考えられている。ちなみに 「市民宗教」とは、宗教社会学者のロバート・ベラーが唱えた言葉で、敬虔な聖書的伝統の「ピューリタリズム」、神のもとにある国という「聖書的選民観」、世界に特別な使命を持つ国としての「愛国心」が融合した、教会の垣根を超えたアメリカ的霊性(アメリカ教)である。国民がこの信条を基礎にして国を盛り立てていくのがアメリカ精神であり、日本で言えば、「日本的霊性」(日本教)と呼ばれる概念と言える。 

 

<アメリカ大統領の信仰> 

 

偉大なアメリカ大統領は、多くが祈りの人であり、演説には必ず聖書を引用した。 

 

ワシントンは独立戦争の最中、アメリカに寄せられる神の大いなる摂理を体感し、一人で神に祈ることが日課であり、 「アメリカ人ほど神の見えざる摂理の導きを尊ぶ国民はいない」と述べた。またリンカーンは聖書に精通し、まるで牧師が聖書を解くように国民に語りかけ、独立宣言、合衆国憲法、そして聖書を尊び、「アメリカの預言者」「市民宗教の神学者」と呼ばれた。凶弾に倒れたリンカーンは神話的人物となり、キリストのように自身の血でアメリカを清めて、国民に和解をもたらした「贖罪の羊」と崇められている。まるで安倍晋三元首相のようである。 

 

更にアイゼンハワーは、両親が篤実なクリスチャンで、1953年に長老派教会で正式に洗礼を受け、大統領就任後は欠かさず礼拝に参加した。軍の司令官として、「宗教への信仰無しに戦争は戦えなかった」と述懐し、「私ほど宗教的な人間はいない」と公言して、聖書の言葉や神学の述語を随所に散りばめて演説した。 

 

<トランプの福音政権とホワイト牧師> 

 

そしてトランプ政権もまた福音政権である。トランプはプロテスタント長老派のクリスチャンで、「アメリカは祈りによって支えられている国」と述べ、「神無き民主主義には如何なる生産性もない」と断言し、聖書に基づいてイスラエル擁護を明確にしている。トランプの「Make America Great Again」というスローガンの真の意味は、アメリカをもう一度「神に選ばれた特別な国」、「自由と民主主義の宣教師」に復活しようという意気込みであると筆者は解釈している。 

 

歴代アメリカ大統領は、いわゆる「メンター」と呼ばれる牧師などによる「霊的アドバイザー」をホワイトハウスの顧問にしてきたが、トランプ大統領のメンターは宗教顧問のポーラ・ホワイト牧師であり、この度、大統領直属の信仰局の局長に就任した。東京女子大学学長の森本あんり氏は、「トランプ氏が大統領選挙に出る時、相談を持ち掛けたのがホワイト牧師で、ホワイト牧師の励ましにより、大統領に立候補した。ホワイト氏はトランプ氏の大統領選出馬のキーパーソンで、彼女がいなければトランプは大統領にならなかったかもしれない」と述べている。 

 

そのホワイト牧師は、昨年12月8日、都内で開かれた「国際宗教自由連合(ICRF)日本委員会」のイベントに「日本の宗教の自由を懸念している」とするビデオメッセージを寄せ、「安倍晋三元首相銃撃事件以降、旧統一教会が差別キャンペーンの犠牲者になっており、刑法に違反していない旧統一教会への解散命令請求は、これまでの規範から逸脱している」と指摘した。 

 

日本の政治家は、最大の同盟国であるアメリカ大統領とその政権のキリスト教信仰を理解するべきであり、この理解なくしてアメリカの世界政策を真に理解することなど出来ない。よい政治にはよい宗教的助言が必須であり、UCは日本の政治のメンターの役割を果たさなくてはならないが、今回岸田元首相はUCとの断絶宣言を発して、これを拒否したのである。神の復帰摂理を担うUCを遠ざけることによって、日本の政治は神の運勢を失うことになった。その結果、運勢を失った自民党は、与党過半数割れという不安定な事態を余儀なくされたのである。 

 

<政教分離違反の岸田前政権> 

 

アメリカの政教分離は、宗教と国家の分離を求めているのではなく、「教会と国家の分離」を規定しているものなので、宗教が国家と親密な関係を持つことは問題ない。従って、大統領がどういう信仰を持っているのか、どの程度の信仰なのか、ということは国民の関心事であり、それは大統領選挙に直結してきた。 

 

現代、アメリカや日本の憲法で唱われている政教分離原則とは、国家と宗教団体の分離、即ち教会と国家の分離原則(Separation of Church and State)であり、これは国家が宗教と関係を持ってはならないとか、あるいは宗教が国家と関係を持ってはならないということではなく、国家が特定の宗教を優遇したり、逆に不利に扱ってはならないとする原則である。政教分離は「信教の自由を制度的に保障する制度」であり、政教分離の目的は信教の自由を確実にすることにある。 

 

そしてこの政教分離の原則から大きく逸脱しているのがここ2年余のUCに対する岸田政権(ないしは地方議会)による偏見や差別的扱いであり、その最たるものが解散請求である。 

 

以上、バンス副大統領のIRFサミットのスピーチを、宗教の自由の歴史的意味という視点から読み解き、信教の自由の人類史的価値を確認した。そうして、トランプ政権はその人類史的価値を断固守る政権であることを確認すると共に、日本の政治が、今やその対極にあることを明らかにした。少なくともこの点において、日本政府はトランプ政権に謙虚に学ぶべきであり、悔い改めて真に覚醒された日本国家になることが願われている。(了)

 

                             牧師・宣教師   吉田宏

R.jpg

​新生聖書勉強会

​ユニバーサル福音教会牧師
​家庭連合ポーランド宣教師
   吉田 宏

090-3504-6430

​トップページ

​プロフィール

​お問い合わせ
​コメント欄

bottom of page